ホタルイカの観光船があるという。食べるばかりが能でなかろうと、乗ってみることにした。 滑川漁港に着いたのは五月十日の午前三時頃。連休明けの平日だというのに、神戸・東京・名古屋・長野といった県外ナンバーの車が目立った。 真夜中の観光船なんて、せいぜい十人程度の客だろうとたかをくくっていたのだが、受付の前に集まったのは百四十人強。何かお祭りでも始まりそうな賑わいだった。 船が港を出たのは午前三時半。漁場は沖合千メートル辺りなので、十分程で到着する。が、その頃はまだ真っ暗なので何も見えない。暗黒の海は不思議なくらいに静かで何か落ち着かなかった。 係員に訊いてみると、ひとつの定置網の底辺は約百メートルで、観光船の網のちょうど中央付近に停泊しているとのことだった。左右に分かれた二隻の漁船が向かい合い網を手繰りながら、その百メートルを少しずつ詰め寄ってくるわけだ。 四時頃になると、ぼんやりと立山連峰のシルエットが見え出した。海面はまだ闇のままだ。そんな夜明けの始まりとともに、 ヤーサコイッ、ヤーレサッ ヤーサコイッ、ヤーレサッ ヤーサコイッ、ヤーレサッ と、左右の闇から漁師さん達の低く勇ましい掛け声が近づいてきた。 やがて、漁船と漁師さん達のシルエットも浮かび上がり、手繰る網や海面のあちこちに、ホタルイカ特有の青い光が点々と光り始めた。 向かい合った二隻の漁船が約十メートル程まで近づくと、いよいよホタルイカを漁船に上げる作業が始まった。一掬いで約五十キロも入るという馬鹿でかいタモ網で掬い上げるのだ。漁船には数十人の漁師さんが乗っているのだが、タモ網で掬い上げる役につく人はたった一人でしかない。 最初のタモ網が入れられた瞬間、暗黒の海面に青い光の群れがほとばしった。いささか非現実的な表現になるが、もしこの世に触れた瞬間だけ輝く宝石があるとすれば、暗闇に突然そんな物質が出現したようにみえてしまう。つまり、固体でもなければ液体でもないような不思議な光り方をする。そして、掬い上げられたタモ網の中には、そんな半液性の小粒の青い光が無数に踊り狂っていた。 タモ網のホタルイカは、そのままプラスチックの籠に受けられる。その掬い手のテンポがあまりにも速く、見ている者にはせいぜい五キロ程度の重量にしか感じられない。われわれが金魚掬いをやるより、もっと速いのだ。後で数えてみると、船上に百ケース余りの籠が積み上げられていた。この日はまれに見る豊漁だったそうだが、そんなことより素人目には、こんなに積んでよく沈没しないものだと呆れた。 やがて、漁は完了し、漁場は穏やかな朝の海に戻り、観光船もゆっくり岐路に着いた。振り返ると、遠ざかる漁場の辺りには何羽ものカモメが飛び交い、ときおり急降下しては海中のホタルイカをつばんでいた。そんな朝の光景がのどかであればあるほど、ついさきまで目にしていた暗闇に舞う青い光の群れが、いっそう夢でしかなかったように思えたものだった。 |