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回想−雌・オブ・ブルース−

 

 産卵の為深海からやって来た雌のホタルイカは、産卵を終えると力尽きてしまい、波打ち際まで打ち寄せられる。これを「身投げ」とよぶわけだが、五月頃になると深夜目掛けて、群れをなして身投げするホタルイカを手掴みにするために、大勢の人が浜に集まる。一時間もあればバケツ一杯は優に獲れるので、バケツとタモを持参した方がいいだろう。出来るならば、七輪と炭と金網と醤油も持参したほうがいい。

 獲れたばかりのホタルイカを炭火で焼き、醤油をチョンとつけて食べる。これが最高の食べ方だ。この食べ方、極めて単純なのにも関わらず、知っている人はごくまれで、ホタルイカの通を自称する人になればなるほど知らない。「ホタルイカを焼いて食べるって?馬鹿を言うんじゃない」と相手をしてくれなかった人に、無理矢理食べさせたところ、同じ口から、「こりゃ最高!?」という台詞が飛び出し、以来その人は病み付きになってしまった。

 この食べ方、そもそもは今から二十五年程前頃に、地元の漁師さんが良くやっていたことで、当時は船の上で獲れたてのホタルイカを七輪で焼いて食べたのだという。

 つまり、通どころかプロの食べ方で、ミソは、醤油以外の調味料は皆無であることと、単に「焼いて」食べるのではなく、自分が食べる分を一匹づつ「焼きながら」食べる事。

 しかし、一般の人は船に七輪を持ち込むことなど不可能なので、深夜の浜辺で身投げしに来るホタルイカを獲って、この方法を試すがいい。いづれにしても、現地でなければまず不可能な食べ方でしかないが、五月の真夜中に備長炭でも抱えて浜に行く気がなければ、グルメにはなれないだろう。

 そして、この食べ方が最高であることのもう一つの理由は、自分で獲って食べるということにある。ホタルイカの雌は、手掴みする瞬間に最後の光を放ち、一年の寿命を静かに閉じてゆくが、その光が最高に美しい。やはり、産卵を終えた後の「雌の詩情」という妖しさの光だからなのだろう。あまり詩情を感じすぎ、食べる事に気が退けてしまった場合には、食べなければいい。そのままだけを味わえばいい。

 そういえば、「MESS OF BLUES(メス・オブ・ブルース)」という古い歌があるが、あの光にとても似合う歌で、因みに直訳すれば、「ほんの一食分のブルース」となる。

 

   

投稿者 ほたるいかの水井 : 2006年5月1日 13:09