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恋歌

 

 ある年の五月、旬のホタルイカを食べたさに滑川へ旅したことがある。

 町を散策しているうちに、

「ホタルイカは鳴くんですよ」

と教えてくれた人がいた。

 このことに興味を持った私は、他の人にも訊いてみたが、発声しているわけではないらしく、それでも土地の人は「ホタルイカが鳴く」と表現する。甲高く澄んだ鳴き声(あるいは音)なのだそうだ。

 私が興味を持ったのは、それが「声」なのか、「音」なのかではなく、ホタルイカが何と言うて鳴くのか、ということだった。それを聞き分けるには実際に聞いてみないことにはどうしようもない。

 色々と想像してみた。海岸まで浮遊して来るほとんどが雌ということから、とすればある種の恋歌なのか、それとも産卵後の休息の歌なのか・・などと。

 生まれて初めてホタルイカの鳴き声を耳に出来たのは、この年の二年後、やはり五月だった。いつも同じ頃に来るのは、何もホタルイカの旬だからというばかりではない。北アルプスの雪解け水がそそぎ、キラキラ光る初夏の富山湾を眺めるのが好きなのだ。

 その日、まだ誰もいない夜明けの浜を歩いていた。波の音しか聞こえない。そんな静けさの中から−キュンと書くべきか、キューンと書くべきか−切なげなソプラノが響き、私にはその鳴き声が こう聞き取れた。

    −わすれじの行末までは難ければ

            今日を限りの命ともがな−

 確かに、波に打ち上げられるホタルイカは女流なのだろう。これ以上情熱的な恋歌を、私はまだ一度も聞いたことがない。

 

   

投稿者 ほたるいかの水井 : 2006年5月1日 13:04